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喜寿から挑戦の原点

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20代の盲腸の入院以外病院には縁のなかった私が、スポーツジムの風呂から上がった瞬間、足がぐらぐらし、立ち上がることが出来ななくなった。水を飲みしばらく休んでいると、右足動きが変だが、何とか歩くことが出来た。その状態で、行事が詰まっていて、病院には行けず、1週間後かかりつけの病院に行くと、即大学病院を紹介され受診すると、そのまま入院となった。軽い脳梗塞の診断だった。

18歳から60歳の会社生活、日祭日もなく、ただがむしゃらに働き続けた。その後の10年間中国に渡りそれなりに、好き勝手なことをやり、自由に生きた。充実した日々だった。70歳から地元密着を志し、商工会、異業種交流会、ライオンズクラブに参加し、地元の人々の交流、奉仕活動に心がけた。サラリマン時代では、味わえない、競争仲間から、人間付き合いが出来る仲間とよく飲んだ。楽しかった。

ある日突然、お世話になった会社の上司から、OB会の役員に引っ張り込まれ会長となってしまった。。これが大きな誤算であった。本来何事にも縛られない自由奔放を旨とする私には、大変な負担となった。そのうえ、ライオンズクラブの会長職と重なって、飲み食いが増え、精神的にも、肉体的にもぎりぎりのところで、上記のこととなった。

1か月検査とリハビリで入院,ベットで寝ているだけの生活が続いた。杏林病院の庭の木々が、とても新鮮に思え、ジーと見つめている時間が過ぎていきました。 この緩やかな時の流れが、とても気持ち良くて、何時間も窓の外を眺めていました。これまで自分が過ごしてきた時間は、なんだったのか?緩やかな時が進んでいく中で、何か自分の時間を見つけたような感じがしました。

何故、頑張っているのか?焦っているのか?せかせかしてるのか? そうだこれでいいんだ!気づいた瞬間でした。

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